愛と死をみつめて 1964-09-19

監督: 斎藤武市
脚本:八木保太郎
公開:1964-09-19/製作:1964年    old
日本
 

解説

 難病に冒された大島みち子と大学生の河野実による往復書簡集としてベストセラーとなった書籍『愛と死をみつめて―ある純愛の記録』を、八木保太郎が脚色し斎藤武市が監督。主演に吉永小百合を迎え、実話を元にした悲恋映画として大ヒットした。
 大学生の高野誠は、入院先の病院で小島道子と出会った。かわいくて清純な道子に、誠は一目惚れ。しかし二年後に再会したときも、道子は相変わらず病院生活を送っていた。どうにか高校を卒業した道子だったが、軟骨肉腫が再発し入院。誠は道子との文通を続け、時間ができると病院へ見舞いに行くようになる。しかし道子の病状は悪化、命を守るために顔半分を失う手術が必要となった。誠の励ましに道子は手術を決意。大手術の果てに顔を半分失ったが、様態は安定し、道子は元の明るさを取り戻そうとしていた。

あらすじ

高野誠が小島道子に会ったのは、誠が浪人中、阪大病院に入院したときであった。知的な美しい瞳と、清純な顔は、その日から誠の心の中に好感をもってむかえられた。一見健康そうにみえた道子は、誠が東京の大学に入って二年目に再会したときも、病院生活を送っていた。二人の文通は続けられた。入院生活を続ける道子の不安は、誠の手紙によって力づけられていた。高校をどうにか卒業した道子は、希望の大学に入学したが、軟骨肉腫の再発で四度目の入院をした。アルバイトで大阪に来た誠は、病院を訪れては、信州の山々の美しさや、野球の話に楽しい時間を過した。道子も、不安を抱きながらも、強いて明朗にふるまっていた。九月になって、誠は東京に帰ったが、道子は主治医のすすめで、大学を退学すると本格的な、闘病生活に入った。日本には、まだデータのない不治の病と聞かされた道子は、誠に別れの手紙を出すと、淋しく、病室に横たわった。手紙を受け取った誠は、病院にかけつけるとくじける道子の気持を責めた。道子も誠の誠実な愛情に号泣するのだった。一方主治医は、道子の生命を守るために、道子の顔半分がつぶれるという、大手術が必要だと言った。話を聞いた道子の動揺は激しかった。だが誠の愛情の大きさに、ついに道子は決意をきめて、手術を受けた。元気になって社会奉仕をしたい、道子の願いは、病床の中で強く燃えあがった。大手術のあと、容態は順調であった。道子の顔は左半分、白いガーゼで覆われたが、日増しに明るくなっていった。だがある日、道子は健康な右半分に、骨が出て来たのに気づき、愕然とした。再び、手術台の上で道子は二十一歳の誕生日を迎えた。手術半ば、道子はこの世を去った。道子の日記帳には誠との楽しい生活を夢みた、数々の青春の悲しみと喜びが記してあった。

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