蛇の穴 1950-03-07
あらすじ
ロバート・カニンガムはジュニア・ヒルス精神病院に、ドクトル・キックを訪ねて、入院している妻ヴァジニアと面会させてもらった。美しかった彼女の顔は石の様に無表情で、ロバートを忘れているばかりか、凡ての記憶を失い、自分がカニンガム夫人であることも知らない。ヴァジニアを病室へ帰すとロバートはキックに、結婚前後の詳しい話をした。彼がはじめてヴァジニアに会ったのは、彼の勤め先のシカゴの出版会社であった。彼女は原稿を売りに来たのであった。それから交際するうちに、ロバートは彼女を愛する様になったが、急に彼女は姿を消してしまった。それから6カ月後、ロバートは、ニューヨークで偶然ヴァジニアに再会した。そして親交を新たにした彼は結婚を申し込み、なぜか余り乗り気でない彼女と結婚して数日後、ロバートは新妻が発狂しているのに驚いたのであった。キックはそれだけの話では原因が分らないと云い、電撃療法を施すのに彼の同意を求めた。数回の施療でヴァジニアはようやくキックを信頼するようになったが、自分が結婚していることはなお思い出せず、何かしら過去に恐怖を抱いているらしかった。忍耐強いキックの努力で、幼児のショックが精神錯乱の遠因であることが分った。かくて表面的に小康を得たのを見るとロバートは、退院試験を彼女に受けさせるよう頼んだので、キックは時期尚早とは知りつつ受験させた。果してテストを受けるとヴァジニアは烈しい恐怖に捕われ、再び発狂してしまった。キックは再び治療を初めからやりなおさねばならなかった。彼の誠意と努力により殆ど正常に戻ったヴァジニアは、キックに対する信頼から、1歩進んで愛情を捧げるに至った。キックを慕っている看護婦デーヴィスは嫉妬のあまり、キックの外出中、少しく精神異状を呈したヴァジニアを33号室に放り込んだ。それは俗に蛇の穴と呼ばれる凶暴患者の雑居病室である。周囲の狂態を眺めて、反射的にヴァジニアは自己を取り戻すことができた。過去も、ロバート・カニンガムと結婚していることも、キックの診療で回復したことも、薄紙をはがすように明瞭となった。退院テストにも難なくパスした。ロバートに迎えられて退院する日、ヴァジニアはキックに礼をのべた。なおったことがよく分りますのよ、私はもう先生を愛していないんですもの。