死の街を脱れて 1952-05-22

公開:1952-05-22    old
 

解説

 五島田鶴子の同名小説を館岡謙之助が脚色し小石栄一が監督した。日本軍が敗退した中国大陸で、悲惨な状況に陥りながらも生きていく日本人婦女子の姿を描く。若尾文子はこの作品で初めて役名を与えられた。
 日本軍が中国で敗退した昭和二十年。大陸に取り残された日本人婦女子の一人、英子は恋人を殺され辱めを受けた。婦人会長の俊子は日本人として清く自決しようと提言するが、朝子は自分の子供たちの姿を見て「子供を殺すことはできません」と主張。女七人と子供七人の逃避行が始まった。だが俊子と英子は拉致され、俊子は舌を噛み切り自決、英子は帰ってこなかった。

あらすじ

昭和二十年、日本軍敗退の日、大陸のそこここにとり残された日本婦女子の上に、悲惨な混乱の日が訪れた。ここラマ廟の見える高原の日本人集落では、恋人を殺され、辱めを受けた英子の哀れな姿を見て婦人会長の俊子が、日本人として清く自決しようと提言した。しかし朝子は三人の子供の頑是ない姿を見て、「子供を殺すことは出来ません。例え自分の体は引き裂かれても、子供のために最後まで生き抜く努力をしましょう」と叫んだ。それから女七人子供七人の苦難の脱出行がはじまった。俊子と英子は拉致され、英子は再び帰って来なかった。俊子はよろめきながら帰って来たが舌をかみ切って死んでしまった。母を失った俊子の子茂樹。そこへ山田とめと田村芳子が一行に加わり、広野の駅で、温情のある駅長の計らいによって、ようやくひそかに新京行の貨物車にもぐり込んだ。しかしそれも、日本敗残兵の列車襲撃の巻きぞえを喰って、一行は公安隊員に発見され、銃殺されようとしたとき、徴用日本人八田の決死的な擁護で危く生命は助けられた。しかしその後は列車に乗ることを許されず、人肉をねらう山犬の群れる広野をさまよわなければならなかった。が、偶然八田の運転する列車に再び遭遇して、ようやく日本人の集結する新京へ到達することが出来た。そこには朝子の夫も待っていたのだった。

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